家づくりの参考に!「ありがとうの家」完成までのストーリー

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ありがとうの家模型

「ありがとうの家」と名付けた家に住み始めてから半年が過ぎました。

人が家を建てるというのはそれはそれは大きな決断です。

私も建てるまでに悩んだし、建ててる最中に人生が大きく変わる出来事が少なくとも2つありました。

人が家を建てるまでのストーリーって、あまりないと思うのですが、どうなんでしょう?調査していないので、なんとも言えませんが、少ないと思っています。

普通の人が言いにくいことをブログに書くことは私のブログポリシーの一つでもあるので、ここで「ありがとうの家」完成までのストーリーを振り返ることにしましょう。

最初は漠然としたマイホーム願望から始まった

最初の頃(2010年10月頃)はただなんとなく、マイホームが欲しいなぁという漠然とした考えしかありませんでした。

今の自分が当時の自分を見たら、こんなんじゃダメだろ!と確実につっこむ適当さです。でも、きっかけはそんなもんだったんです。

ただ、その頃から自然素材に囲まれた健康的な家で暮らしたいとはっきり認識していました。まだ当時はテレビがある生活だったので、ときおり流れる木の美しい家に憧れがありました。

家づくり講座に通う

ほどなくして、「兵庫の注文住宅」という雑誌を見るようになります。
そこに載っていた、良さそうだと思われる工務店に資料請求をしました。

その中で吉住工務店というところが「家づくり講座」を開催しているのを知り、勉強しようと思い、全5回全てに参加しました。

その時の記事は「計画」カテゴリーに書いています。
2010年の記事は読み返すのが恥ずかしいですね^^;

あてのない工務店探し

とりあえず全5回の家づくり講座が終わり、工務店探しが始まります。
スタート時点では他のところを回らず、吉住工務店しか知らない状態だったので、他のところはどんな感じなのだろうという考えからです。

あちこち自然素材にこだわるところを探してみるも、
どうもしっくりくることがないまま、2010年が終わろうとしていました。

クレストホームという工務店ではモデルハウスで体験宿泊も経験しました。が、あまりに大きすぎる家だったので、全く参考にならずでした。

その時点で手詰まりになりつつあったので、体験宿泊したモデルハウスに置いてあった自然素材にこだわった工務店が載っている本を読み漁り、そこに問い合わせてなんとか次へ進んだ状態でした。

その次に行った工務店でもあまり相手にされませんでした。
しかし、工務店ではなく木材屋さんを紹介してもらい、早速行くことにしました。

これが2010年のクリスマス後、大寒波が来ていた頃の年末でした。当時妻は妊娠していて、しかも当時住んでいたアパートがあまりにも寒く、常時室温が10℃以下という信じられない寒さでした。3℃台だったこともありましたw

そんなことも重なり私達家族にとって家はいつの間にか絶対に必要な存在となっていました。

写真 4

奇跡の出会いで一気に動き出す

2011年1月。
年明け早々に行った木材屋さんで家づくりの悩みをぶつけました。

2時間後、今までの苦労が報われたと思っていました。
そこの社長さんがとても熱い人かつ賢い人ですぐに気に入りました。

木材屋さんですが、土地の紹介を手伝ったり、工務店、建築士さんを紹介したりもしているところです。

その木材屋さんは「木童(こどう)」というところです。
当時の記事が「”ホンモノ”の家づくりに触れた!

このブログで初めてここまで言及しましたよ。
実は記事執筆時点(2012年7月)でこのブログ経由で木童を紹介した方が3名も(!)います。一切名前を出してないにも関わらず、ですよ。しかもこのブログ、1日30〜100アクセス程度しかありません。

1週間で土地が決まる

少し話が脱線しましたね。戻します。

本当に運良く木童に出会い、翌週にはまだ土地が決まっていないということで、不動産屋さんも一緒に紹介してもらった土地を見に行きました。

その日は3件見に行きました。
最初の2件はしっくりくるものではなかったけど、
最後の1件に私達含め、全員気に入りました。

2日考えましたが、その気に入ったところに決めました。
それが今住んでいる場所です!

両親にも相談して土地を見てもらったら、
庭に驚くほど立派な梅の木があるということが判明しました。

これが決め手ではないにしても、庭を自然豊かにしたい気持ちは密かに持っていたので、大きな後押しになりました。実際咲いた花を見ると本当にきれいです。

庭の梅の木

土地が決まればその後は早いです。
建築士さん、工務店さんを紹介してもらい、いよいよ家づくりが始まりました。

建築士さんは「芦田成人建築設計事務所
工務店さんは「あかい工房

設計について建築士さんと1〜2ヶ月徹底的に打ち合わせして、工務店さんを交えて見積りについて何度も打ち合わせをしました。

特に見積り。
部品一つ一つに値段がつけられているので、見積書ができた時は物凄い分厚さでした。だから打ち合わせは神経戦というか人生を試されているような感覚でした。

必要かどうかを判断することになるわけですから。

会社を辞め、子供が産まれる

家づくりの方は順調に進んでいきます。
しかし、私自身の働き方、生き方はこれでいいのか?という疑問でずっと悩み続けていました。

結局精神的に限界に近付き、会社を辞めてフリーランスになることにしました。当時はあてもないし、どうしようと思っていました。

しかも同時期に子供が産まれるという大きなイベントがありました。

2011年4月の神戸ITフェスティバルで聞いた「コワーキング」というキーワードにかすかな光を感じていたのもこの時期です。

コワーキングに行き、家を開放することを決意

今でこそ、家を開放してイベントを開催していますが、
家づくりを始めた時は自分たち家族が暮らすためだけの家のつもりでした。

家を開放することを思いついたのは、コワーキングに行ったことがきっかけでした。衝撃を受けたのが、JUSO Coworkingの「家族ラボ」というイベントに参加したこと。

仕事もプライベートも家族でオープンになっているのが面白くて、自分の家でもこんなことできたらいいな、と思ったのがきっかけです。

いよいよ完成!

工事中

実際に工事が始まったらあとは任せていました。
実際現場に行ったのは数回で、特に大きな変更をすることもありませんでした。唯一変更したのが、洗濯物を干すスペースと庭との間に付ける予定だった柵をなくしたことです。

実際に完成するまでは不安でしたが、出来上がったのを見て、中に入ったら感激でした。今でこそ感じないけど、木の香りが心地よく、とても落ち着ける家ができたと思います。

まとめ、感想

いかがでしたか?ありがとうの家ができるまでを詳細に書いてみました。

私が思う、家づくりに最も大切なことは自分の生活スタイルを見つめ直すことです。本当にこれ必要なの?と思うモノって結構あります。そういう無駄な贅肉をそぎ落としていけば本当に必要な自分の芯が見えてくるはずです。

そう、何でもかんでも型にハメない方がいいですね。
自由度のあるレイアウトにすることも大切です。生活スタイル・価値観は年齢や仕事・環境によって変わります。それに応じて自分の家の中を合わせれるように作っておけば困ることはなくなるはずです。

だからうちの場合はリビングと和室がつながっているし、扉もありません。子供部屋にもドア・仕切りは一切つけていません。子供部屋なんて使うのは10年程度です。

最初からガチガチに用途を決めてしまうとあとで変えたくても変えられないんですよね。究極はハコがあればいいと思ってます。

家を作るのは住まい手、つまり人です。
人が家の中や生活を作るのに、今の一般的な家は家自体が人の生活を決めてしまっています。

ここに気付けるかどうか、でマイホームの良さが断然変わってくると思いますし、注文住宅にする価値があると思います。

いち普通の人が書いた記事ですが、あなたの家づくりの参考にしていただければ嬉しく思います。

これまでの記事で最長かもしれない文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました!